BIANCHI, A LONESOME ROADRACER 2

2004 04月17日 山岳(?)コース

えーーっ!? マルコ・パンターニ、死んだの?? ・・って、遅いよ。(T-T)
パンターニといえば、あの98ツール・ド・フランスでのウルリッヒとの死闘がすごかった。合掌。
いやー、やはり今年はヤン君にがんばっていただかなくては・・・

というわけで、パンターニ師追悼の意味をこめて、山岳ステージに挑戦。
カテゴリー超低級「幟山(211m)」を越える沿面距離=約30kmのコースである。
自宅→ 米代川堤防→ 橋中→ 機織→ 扇田→ 幟山林道→ 東扇田→ R7→ 豊祥岱→ 自宅 幟山ルート断面図

幟山(のぼりやま)といえば、能代市鶴形にあるTV(FM)中継局のある山だ。この山にはアマチュア無線の実験なんかで四駆ではよく登っている。そして、鶴形といえば能代市の東はずれ。高1のとき、隣の二ツ井町に行こうとして、ここの坂でメゲたことがあるんだよなぁ。

それはさておき、この幟山、頂上は211mなんだけれど、舗装道路は180mくらいのところを通っている。昔は舗装すらされていなかった。斜度15%程度のところが2か所ある。ここはさすがにキツく、登れなかった。
しかたないので、押しました。あぁ、なさけない。後ろから来たアベックらしい車に追い越されてしまう。

下りに入ると、速い速い。車で降りるよりも速いぞ。ウロウロしてたさっきの車を追い越し、デイヴィッド・ミラーの如く下り(嘘)、崇徳小学校の裏手に出るのであった。

所要時間は、1時間23分。まあ、こんなもんでしょ。

2004 04月24日 山岳(?)コース 2

桜が散ってきているとはいうものの、気温は6℃。西の風6m。晴れ。再度、山岳ステージである。
自宅→ 峰浜村石川→ 林道米代線→ 山谷→ 常盤バイパス→ 朴瀬→ 橋中→ 米代川堤防→ 自宅
カテゴリー超低級「林道米代線」を越える沿面距離=約40kmのコースだが、風が強い。目標を2時間と設定。

米代林道山谷ルート断面図

問題の林道米代線は、登り始めがキツく、坂の距離も長い。はっきりいって、最初の登り坂を見て、ビビってしまった。
しかし、ここはただひたすら登るしかない。

林道米代線 起点

登りの場合、ギアを一番軽くしたりするわけだが、そうすると当然遅くなってしまう。
しかし、どうもそれでは効率が悪いような気がする。理論的にどうなのかは判らないが、ある程度の速度を保って登る方がいい場合が多いような感じである。登りの前に速度UPした方がけっきょくは楽なようだ。斜度がキツイ場合はしかたないところもあるのだが。

必死こいて登っていたら、ふいに「能代市」という道路標識が現れた。とたんに下りになる。よかった。降りて押すという局面は今回はやって来なかった。
関係ないハナシだが、協議がすすんでいる市町村合併が実現すると、あの標識は無くなるわけで、なにか最高地点(約180m)の標示がほしいところだ。

幟山ルートと違って、ここの下りは1km長く、3.5kmある。ひじょーに快適っ!!
山を降り、常盤川に沿って走る。途中、旧山谷公民館に寄ってみる。ここは、かつて山谷小学校だった。廃校になり、常盤公民館山谷分館として活用されていたが、この春、その公民館も廃止された。すぐに取壊しなのかと思ってたら、まだしばらくはそのままにしておくらしい。

さて、常盤バイパスまで出てくると、風が非常に強い。随所に立てられている交通安全ののぼりが元気よくはためいている。しかし、こちらとしては、ほとんど真正面からの強風に速度が上がらない。そんなに疲れているわけではないのだが・・。ほとんど平坦なのに、何度もダンシングする羽目になった。
風を避けるため、朴瀬の米代新橋を南下。工業団地の信号にひっかかり、初めて停車する。東能代駅の裏を通り、旧国道。橋中の又衛門橋を過ぎ、水門から米代川堤防へ。ここでまた風。

けっきょく、所要時間は1時間57分。なんとか目標はクリアした。
今回は時計を持参したんだけど、あまり速さには影響ないなぁ・・(^^;) それはさておき、気温がいまいち低かったせいか、鼻水にはマイッタよ。

2004 4月末日 Bianchi重傷!?

無線方面の趣味で山に行き、足を痛めてしまったため、久々に自転車に乗って仕事場に。
昼休みに気になってチェックしに行ってみたら、があぁーーーんっ!! なんと、バックしてきた車に潰されたみたいで、ハンドルがグニャリと曲がって折れてしまっているのを発見。あぁーー、なんてこったーー!!

帰宅後、すぐに自転車屋さんへ・・ハンドル以外は大丈夫なような感じだが・・・
3年前には同じ場所で盗まれたんだよなー。足が痛くなけりゃ、ちゃんと自転車置き場に停めたのに・・仕事場はBianchiにとって鬼門なのか。
とにかく、ゴールデン・ウイークは自転車に乗れないことになった。

けっきょくハンドル以外に損傷はなく、無事復活したのだが、自転車屋さんにBIANCHIカラーのバーテープが無く、かなり濃い緑のテープになってしまった。(T_T) うーむ、なんとかせねば・

2004 8月19日 台風15号

ウルリヒも意地を見せてくれたが・・・圧倒的に強かった、強すぎたランス。今年のツールもすごかったなー・・・というわけで、単純にアテられた俺は個人TTに挑戦すべく大潟村へ向かったのであった。

台風15号が接近していることは知っていた。が、まだだいぶ離れていたし、天候が急変することはないだろうとの(甘い)読み。前回の大潟村は、時間的にダメダメな結果に終わっていたため、タイムトライアルのつもりで走った。
(といってもたかがしれているのだけれど・・・ちなみに、ツール・ド・フランスなどでのTTでは平均時速が50Km/hにもなる。自分自身は平均時速25Km/hで走れれば上出来だし、下り坂でも恐くて60Km/hは出せない ^^;)
出発時は「いいお天気」とはいえないまでも、青空は見えていた。が、大潟村産直センター(道の駅?)の手前まで来て小雨が降り出したのである。ここまでの平均時速は23〜4Km/h程度で、まあまあいい感じだったのだが・・・。

道の駅で雨宿りして様子を見ることにしたが、天候に変化はない。どうも予想以上に台風の影響が強いようだ。もしかして、速度UPして接近しているのでは・・・
で、15分程度経過して決断した。小雨のうちに帰宅するのだ。

しかし、天候は非情。大潟村をもうすぐ抜けようとするところで大雨となってしまった。
八竜町に出たときには、もう全身びしょぬれ。眼鏡をかけていたが、こいつが雨のために見えなくなる。眼鏡を外して走った方が安全だ。
雨の中を走るということは、かなり危険である。二十歳のとき、東京からの帰りに秋田〜能代間で雨に降られたことがあったが、それ以来か・・・

けっきょく、帰りの平均時速は20Km/hを下回ってしまったが、無事に帰宅できた。
しかし、追いついてきた台風は容赦なく自宅を襲い、真夜中に屋根上のアマチュア無線(+TV)のアンテナを全壊させて去っていったのである(T_T)。くそっ、この借りは必ず返すぞ。

2005 6月25日 幟山再び

今年のヤン・ウルリヒは調子がいいようである。Tモバイルはスプリンターであるツァベルをメンバーから外し、ヤンのマイヨジョーヌを確実にする戦略。一方、ランス・アームストロングもツール後の引退を発表し、またまた激戦が予想される。

さて、そんなハイレベルな戦いとはまったく次元の違う話だが、再び幟山に挑戦。今回は前回と逆方向からの登りだ。しかし、上のグラフを見ればおわかりのとおり、逆方向からの登りとなるとこれがまたキツイのである。気温22度。

けっきょく、今回も歩いた箇所があった。所要時間は1時間26分。まあまあか。

2005 7月9日 性懲りもなく また大潟村一周

というわけで、自転車で四度目の大潟村である。去年は台風に阻まれたが、今年はいいお天気。(気温=27度)

15:12自宅を出発。ちょっと遅くなったので、今年は完全な一周はパス。それでも全行程は82.215km。目標帰宅時刻は19:00。
今年はアマチュア無線の野外運用にハマってしまっているため、なかなか走れないでおり、そのためかなかなか調子が上がらない。また、タイヤの圧も低めでちょっと重い。

八郎潟の道の駅で水分補給し、ようやく調子が上がって来る。大潟村最南端で左折。東に向かい、さらに左にカーブして北上する頃になって脚がつりかけて来る。力を入れてペダルを踏み込むと、間違いなくツッテしまいそう。このため、スピードを上げることがなかなかできない。
それでもなんとか大潟村を一周し、八竜町役場付近で再度水分補給。ここで少し休んだおかげでだいぶ楽になったが、能代市に入ってしばらく来たところでとうとうケイレンが来た。ここでついに自転車を降りて屈伸運動。

けっきょく、帰宅時刻は 19:05。目標を5分超過してしまったが、平均時速(小休止時間を含む)は 20.9km/h と、なんとか20km/hを超えることができた。
やはり、いきなり長距離というのは無理がある。1日目は軽く走って、2日目に本番というのがいいのだけれど、そんなヒマあるわけない。


この続きは、bLOG で。
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