リディアという名の少女がいた。

その娘は「オバケのQ太郎」が好きだと言った。
藤子不二雄のファンで、「パーマン」や「怪物くん」も知っていた。藤子が実は二人組であることも。
10月の末だったかと思う。スクール祭でバザーがあった。
自転車で吉祥寺方面へ向かうとき、決まって通るのがその道だった。

そこに「Q太郎」がいたのである。
どこかで見たようなカボチャのお化けや、スパイダーマンもどきの怪人に混じってはしゃいでいる。
日本人には理解しにくいデコレイションが一瞬視線を遮ったが、「Q太郎」がそれを引き戻した。

アメリカという国には興味を持っていたが、アメリカ人となると嫌悪の対象でしかなかった。
アパート周辺では、よく彼らとすれ違ったし、スーパーや飲食店で見かけることも多かった。
が、一言として口をきいたことはなかったし、彼らもそれを望んではいないように思えた。

しかし、「リディアのオバQ」がそんな考えをみんな吹き飛ばしてしまったのだ。
「Q太郎」の「頭のてっぺん」には髪の毛が5本あったのである。

「Q太郎って、GHOSTなの?」
あんなにcuteな Q太郎が幽霊のはずはない・・と、リディアは言ったのだと思う。
どう答えればいいのだろう。「オバケ」ってのは、なんて訳せばいいのだろう。
「He's not a ghost but just a OBAKE.」とかなんとか言ったものだ。

結局、オバQがタマゴから産まれたことなどを話してお茶を濁したが、
浪人生の英語にどの程度の説得力があったか疑問ではあった。
バザーで何も買わなかったのにもかかわらず、コーヒーとクッキイをごちそうになり、
その間、英語と日本語をごちゃ混ぜにしてマンガとアニメの話をしていたのである。
彼らアメリカン・スクールの生徒たちは、TVアニメをよく観ているのだった。
しかし、初期のQ太郎の髪の毛が5本であったということまでは、リディアは知らなかった。

2日後、神田で見つけた「オバQ」のコミックスを手にスクールに行ってみた。
リディアが駆け寄ってきて、ブロンドの髪が目の前を流れた。

彼女とは、何回かふたりで話をした。
しかし、なんといっても浪人生だったのである。受験はすぐそこに迫ってきている。
余裕などあってはいけないような気分にもなっていたし、とりあえず合格することが先だった。
からっ風も冷たく、自転車に乗らない日が多くなる。

年が明け、受験もほぼ終わって久々にスクールを訪れた2月のある日、
米軍府中基地が閉鎖されることを知った。
スクールも廃校が決まり、リディアは一足先に帰国していた。
それだけの話である。

なぜリディアが「毛が5本」のオバQを作ったのか、とうとう聞くことはできなかった。
今思い返すと、あの「バザーの日」は、ハロウィンだったのだろう。
ハロウィンといえば、「E.T.」や「ブギーマン」を思い浮かべる人は多いと思うが、
ぼくにとっては、やはり「リディアのオバQ」なのである。